熊野本宮大社 [神社・仏閣探索]
熊野本宮大社に来てみましたケロ
本殿に向かう参道ですケロ
現在の本殿には上四社(上記参照)の4柱が祀られていますケロ
中四社と下四社の神は旧社地である大斎原(おおゆのはら)に小さな祠が建てられて祀られていますよ
ここでの写真撮影は事前の許可が必要なんだそうですケロ
なので友人に譲っていただいた写真ですケロ
現在の社地は山の上にありますが1889年(明治22年)の大洪水で流されるまで、社地は熊野川の中州にあったんだそうですケロ
社地は創建以来その中州にあったようです、明治の洪水が起こるまでは社殿が流されることはなかったが、明治以後、山林の伐採が急激に行われたため、山林の保水力が失われ、大規模な洪水を引き起こしたと考えられているんですケロ
現在、旧社地の中州は「大斎原」(おおゆのはら)と呼ばれ、大鳥居が建っています
伝説によると、熊野坐大神は唐の天台山から飛来したとされています
熊野坐大神(家都美御子大神)は、須佐之男命とされるが、その素性は不明ですケロ
太陽の使いとされる八咫烏を神使とすることから太陽神であるという説や、中州に鎮座していたことから水神とする説、または木の神とする説などがありますケロ
諸説ありますが・・・きっと凄く重大なことが起こった場所なんだろうな~ケロロ
本殿に向かう参道ですケロ
現在の本殿には上四社(上記参照)の4柱が祀られていますケロ
中四社と下四社の神は旧社地である大斎原(おおゆのはら)に小さな祠が建てられて祀られていますよ
ここでの写真撮影は事前の許可が必要なんだそうですケロ
なので友人に譲っていただいた写真ですケロ
現在の社地は山の上にありますが1889年(明治22年)の大洪水で流されるまで、社地は熊野川の中州にあったんだそうですケロ
社地は創建以来その中州にあったようです、明治の洪水が起こるまでは社殿が流されることはなかったが、明治以後、山林の伐採が急激に行われたため、山林の保水力が失われ、大規模な洪水を引き起こしたと考えられているんですケロ
現在、旧社地の中州は「大斎原」(おおゆのはら)と呼ばれ、大鳥居が建っています
伝説によると、熊野坐大神は唐の天台山から飛来したとされています
熊野坐大神(家都美御子大神)は、須佐之男命とされるが、その素性は不明ですケロ
太陽の使いとされる八咫烏を神使とすることから太陽神であるという説や、中州に鎮座していたことから水神とする説、または木の神とする説などがありますケロ
諸説ありますが・・・きっと凄く重大なことが起こった場所なんだろうな~ケロロ
こんにちは。
手を合わせました。
大きな鳥井さんで凄いですね。
色々とお勉強になりました。
by kaoru (2009-10-24 12:03)
それにしても大きな鳥居ですね。
日本神話も探求すると、結構、おもしろいですよね。熊野には八咫烏関連の神話がたくさんあるし、行ってみたい場所のひとつです。
by シービーちゃん (2009-10-24 14:50)
大きな鳥居がとても気になってしまいました。
伝説とかも色々調べてみると、更に楽しくなりますね。
by youzi (2009-10-24 19:29)
りっぱな鳥居ですね。
知らないところがたくさんあります。
by pandan (2009-10-25 06:57)
皆さんコメント&niceありがとうございます
歴史・・・神話・・・おもしろいですね~
旅をしていると発見がたくさんあって楽しいですケロ
by さくら君 (2009-10-25 15:17)